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高松地方裁判所 平成8年(行ウ)4号 判決 1998年7月28日

埼玉県所沢市西所沢二丁目七番二五号

原告

亀井陽二

右訴訟代理人弁護士

喜田芳文

香川県丸亀市大手町二丁目一番二三号

被告

丸亀税務署長 田中廣海

右訴訟代理人弁護士

河村正和

柳瀬治夫

右指定代理人

前田幸子

松本金治

山本和郎

改田典裕

和泉康夫

主文

一  被告が、原告の平成六年五月一七日付け相続税更正請求につき、同年一〇月二六日付けでなした更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事実の概要

本件は、原告が、被告に対し、相続税の申告の際に相続財産ではない土地を誤って相続財産として申告したことを理由に更正の請求をしたが、被告は更正すべき理由がない旨の通知処分を行ったので、原告が被告に対して右通知処分の取消しを求めた事実案である。

一  前提となる事実(証拠番号の記載のない事実は当事者間に争いがない。)

1  本件処分

(一) 原告は、平成五年一一月一日、亀井たけ子(同年五月一二日死亡。以下「本件被相続人」という。)から東京都練馬区大泉学園町四丁目二六四七番一〇所在の宅地一〇一・三四平方メートル(以下「甲土地」という。)等の財産を相続したとして、被告に対し次のとおり相続税の申告をした。

課税価格 七九三六万九〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)

(計算式)

取得財産の価額-債務及び葬式費用

80,365,714-995,991=79,369,723

納付すべき税額 三三二万三八〇〇円

(計算式)

(課税価格-遺産基礎控除額)×税率-税額控除額

(79,369,000-57,500,000)×0.2-1,050,000

=3,323,800

(二) 原告は、平成六年五月一七日、被告に対し、甲土地は本件被相続人の相続財産ではなかったとして、次のような内容の更正請求をした。

課税価格 四三七二万六二一六円

納付すべき税額 〇円

これに対し、被告は、同年一〇月二六日付けで、原告に対し、甲土地は本件被相続人の相続財産であるとして、更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした。

(三) 原告は、同年一二月二二日、被告に対して本件処分につき異議申立をしたが、平成七年三月三一日付けで棄却決定がなされ、同年四月二八日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、平成八年四月二六日、棄却裁決がなされ、原告は、同月一二日、右裁決の通知を受けた。なお、原告は、右審査請求中の同年二月一五日、相続税本税三三二万三八〇〇円及び延滞税一〇一万三二〇〇円を納付した。

2  甲土地の取得経緯

(一) 甲土地については、昭和四七年七月五日、豊田半蔵(以下「豊田」という。)から本件被相続人に対し売買を原因とする所有権移転登記がなされ、本件処分後の平成六年三月二五日、本件被相続人から秋山佐和子(以下「秋山」という。)に対し真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記がなされている。

(二) 本件被相続人、原告、秋山らの関係は別紙相続関係図のとおりである。すなわち、秋山は本件被相続人の妹であり、原告は本件被相続人の姉の竹林文(以下「竹林」という。)の子であるとともに、本件被相続人らの父である亀井宅平(以下「宅平」という。)の養子であり、本件被相続人の養子でもある。したがって、宅平の相続財産は、本件被相続人及びその兄弟並びに原告が共同相続し(以下「第一次相続」という。)、本件被相続人の相続財産は原告が単独相続した(以下「本件相続」という。)。

(三) 本件被相続人は、宅平の相続財産である丸亀市本町一〇七番所在の宅地三二二・八四平方メートル(以下「乙土地」という。)につき相続を原因として自己名義の所有権移転登記を受け、昭和四七年六月一四日付けで丸亀市農業協同組合(以下「丸亀農協」という。)のために極度額二〇〇〇万円の根抵当権を設定して金員を借り入れ、そのうちの一〇〇〇万円を秋山に送金し、その一部が甲土地売買代金にあてられた。

二  争点

1  本件被相続人が昭和四七年に甲土地を買い受けたか(したがって、甲土地は本件被相続人の遺産といえるか。)。

(被告の主張)

右売買契約(以下「本件売買契約」という。)は、昭和四七年六月二〇日、前主である豊田と本件被相続人との間で締結されたものであり、甲土地は本件被相続人の相続財産である。

(原告の主張)

本件売買契約の買主は秋山であるが、秋山は、本件被相続人から、「贈与税が約四〇〇万円かかるので、当分、本件被相続人名義にしておいたほうがよいのではないか。」と言われて、本件被相続人名義で契約し、同人名義で所有権移転登記を経由したものであり、甲土地は本件被相続人の相続財産ではなく、秋山の固有財産である。

本件被相続人は、第一次相続の遺産(六〇〇〇万円以上)の分割につき、自己が多くの財産を取得したのに対し、秋山が取得した財産は同人の法定相続分(五分の一)に照らして著しく少なかったので、秋山に対する配分金あるいは贈与として一〇〇〇万円を送金し、秋山はこれを原資にして甲土地を購入したのである。そして、秋山は甲土地の権利証を保管し、甲土地上に夫との共有名義の建物を建築し、甲土地の固定資産税等を負担してきた。なお、竹林、秋山及び原告が、平成六年二月一四日付け合意書で甲土地を秋山に帰属させることとして、同年三月二五日、同人に所有権移転登記を経由したのは、甲土地がもともと秋山の所有であることを確認したにすぎない。

2  仮に本件被相続人が甲土地を買い受けたとしても、秋山は甲土地を時効取得したか。

(原告の主張)

秋山は、甲土地を自己所有地として占有支配し、遅くとも平成四年七月五日までには、甲土地の所有権を時効取得し、本件被相続人の相続人である原告に対し、平成五年七月一五日までに、右取得時効援用の意思表示をした。

(被告の主張)

秋山は、本件被相続人が死亡するまで二〇年以上も甲土地の登記名義を変更しておらず、親族間の情誼により本件被相続人との間の使用貸借契約に基づき甲土地を占有使用しているにすぎない。したがって、秋山の甲土地占有は、他主占有であり、時効取得は認められない。

3  本件更正請求は権利濫用ないし信義則違反であるか。

(被告の主張)

仮に、本件被相続人から秋山に対し一〇〇〇万円が贈与され、秋山がその金員で自ら買主として甲土地を購入したものであるとすれば、同人及び本件被相続人は、贈与税の課税を免れる目的で登記名義を偽ったことになり、本件被相続人の地位を包括承継した原告が、本件被相続人の右脱税加担行為を理由として本件相続につき甲土地に関する課税を免れることは、国の徴税権の実現を脅かすほか、脱税工作をした者が不当に利益を受け納税者間の不公平を生ずる結果になり、著しく正義に反する。したがって、そのような更正請求は、権利の濫用ないし信義則に反する行為であり認められない。

(原告の主張)

本件被相続人が秋山に送金した一〇〇〇万円は、両名に共通の被相続人である宅平の遺産の実質上の処分代金の一部であって、本来秋山に帰属すべきであるから、贈与ではない。

第三争点に対する判断

一  争点1(甲土地の買主は本件被相続人であるか)について

1(一)  前記第二の一(前提となる事実)及び証拠(甲三、六の2、一一の2資料21、一二の2資料15の5、乙五、六の1ないし3)によれば、次の事実が認められる。

(1) 第一次相続に関する本件被相続人ら名義の昭和四六年一二月二〇日付け遺産分割協議書(甲三)には、宅平の相続財産のうち乙土地及びその地上建物等を本件被相続人が取得する旨定められており、本件被相続人は、昭和四六年一二月二三日、相続を原因として乙土地の所有権移転登記を経由した。そして、本件被相続人は、乙土地につき丸亀農協のために昭和四七年一月一八日に極度額七〇〇万円、同年六月一四日に極度額二〇〇〇万円の各根抵当権を設定して借り入れをし、同月一六日、右借入金のうち一〇〇〇万円を秋山に送金した。

(2) 本件売買契約について作成された同月二〇日付け土地売買契約証書(乙六の2)には、売渡人豊田、買受人本件被相続人、売買代金九〇三万七五〇〇円と記載され、本件被相続人が甲土地の買主となっており、また、本件売買契約に基づく移転登記についても、本件被相続人の署名と実印がある白紙の所有権移転登記委任状(乙六の3)を使用して、同年七月五日に本件被相続人に対して移転登記がなされている。

(二)  これらの事実によれば、本件被相続人は自ら資金を借り入れ、これを秋山に送金したうえ、秋山を使者ないし代理人として本件被相続人のために甲土地を購入させたとの可能性も一応存する。

2(一)  しかしながら、前記第二の一(前提となる事実)、証拠(甲三、四の1、2、六の1ないし3、九の5、7、8、10ないし17、一〇の2資料1、2(1)、3、4、一一の2資料21、22、一二の2資料15の5、一三、乙五、証人秋山佐和子)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 本件売買契約がなされた昭和四七年当時、本件被相続人は香川県丸亀市西平山町に居住し、秋山は東京都練馬区北大泉に居住していた。秋山は、昭和四七年当時、道路計画により東京都練馬区北大泉所在の自宅の立ち退きを迫られていたところ、これを知った本件被相続人は、同年六月、「乙土地が買収されて二〇〇〇万円あるのでそのうち一〇〇〇万円を送る。」と言って一〇〇〇万円を送金した。秋山は、これを原資に練馬区大泉学園町にある甲土地の購入を決め、その話をしたところ、本件被相続人から、「贈与税が約四〇〇万円かかるので、当分、本件被相続人名義にしておいたほうがよいのではないか。」と言われたので、その意見に従い、同人名義で本件売買契約を締結し、同人名義で所有権移転登記を経由した。秋山は、姉である本件被相続人が一一歳年上で独身で子もなかった(原告との養子縁組は、本件売買契約後の昭和五八年一一月である。)ので、本件被相続人が死亡した際には相続により秋山が甲土地の登記名義を取得できると思っていた。

(2) 秋山は、甲土地上に夫と共有の建物を建築して書店の経営を始め、現在に至っている。秋山は、甲土地の権利証や本件売買契約書を保管しており(甲九の5)、昭和五〇年五月一六日には甲土地について秋山の夫を債務者とする抵当権を設定した(乙五)。甲土地の固定資産税等にかかる納税通知書は、登記名義人である本件被相続人宛に送付されていたが、本件被相続人はこれを秋山に転送しており、秋山は、昭和四七年以来、大泉農協等で甲土地の固定資産税を納付してきた(甲九の10ないし17)。秋山が本件被相続人に対し、甲土地の使用料を支払ったことはなかった。

(3) 本件被相続人は、第一次相続(遺産総額は少なくとも約六〇〇〇万円)についての三通の遺産分割協議書(昭和四六年一二月二〇日付二通、同四七年三月一日付一通)上では、亀井家のいわゆる本家として乙土地及びその地上建物並びに前記西平山町の土地を相続したこととされており、同人は秋山への送金と同日の昭和四七年六月一六日に、秋山や原告を含む第一次相続の共同相続人全員分の相続税七七万円余りを支払い(甲一一の2資料21)、また、宅平の相続財産である不動産については他の相続人の分も含めて権利証を一括して保管し、固定資産税もまとめて支払っていた。乙土地は同年一一月六日、同年一〇月一八日売買を原因として本件被相続人から香川県に所有権移転登記がなされており(甲一二の2資料15の5)、この買収・補償にあたり本件被相続人に約二九〇〇万円が支払われた(甲一一の2資料21)。

(4) 平成六年二月一四日、第一次相続人である竹林、原告及び秋山(亀井宅朗を除く。)は、秋山の主張に従い甲土地がもともと同人の所有であることを確認し、同年三月二五日、原告から秋山へ真正名義の回復を原因として所有権移転登記が経由された。

(二)  右認定事実によれば、秋山が東京都区内の自宅の立退きを求められていた昭和四七年ころ、本件被相続人は、いわゆる本家として宅平の相続財産を管理し、相続財産の一つである乙土地が間近に買収され、その資金が入手できることを前提に、宅平の相続財産の事実上の分配金として秋山に一〇〇〇万円を送金したこと、秋山は右金員を原資として自己のために甲土地を購入して、甲土地を秋山ら所有の建物の敷地として占有利用してきたほか、これを担保としても提供するなど、甲土地を自己所有地として扱ってきたこと、秋山は甲土地の権利証等を自ら保管し、その固定資産税等を負担してきたこと、秋山は本件相続人から多額の贈与税がかかると言われて登記名義を同人名義にしたにすぎず、甲土地が本件被相続人の土地であると考えていなかったことが認められる。これに対し、本件被相続人が、本件売買契約後、甲土地の所有者として行動していたことを窺わせる証拠はない。

これらの事実を総合的に考慮すれば、本件売買契約における甲土地の買主は秋山であったというべきであり、前記1記載の事実は右認定を左右するものではない。

二  争点3(権利濫用ないし信義則違反)について

被告は、本件被相続人が甲土地の購入資金を贈与したにもかかわらず、同土地を自己名義とすることにより秋山の贈与税の脱税に加担したのであるから、本件被相続人を包括承継した原告が、甲土地は秋山の固有財産であるとして本件更正請求権を行使し本件相続の課税を免れることは、権利の濫用ないし信義則違反にあたり許されないと主張する。

ところで、本件被相続人が秋山に送金した一〇〇〇万円が贈与であったか(宅平遺産の分配金であったか。)については、送金前後になされた宅平の遺産分割協議が成立していることと密接な関連があるところ、右遺産分割協議の成否は別個の大問題であって、本件の解決のためにさらに審理を尽くして遺産分割協議の成否を判断する必要はないというべきである。すなわち、仮に、被告主張のとおり、右一〇〇〇万円の送金が贈与に当たるとしても、右一のとおり、甲土地が本件被相続人名義で登記されたのは、本件被相続人が秋山に対し贈与税について助言をし、秋山がこれに従ったためであり、原告が右登記について関与したことを窺わせる証拠はない。したがって、単に原告が相続により本件被相続人の地位を包括承継したというだけでは、原告が本件相続につき甲土地が秋山の固有財産であると主張(更正請求)することが権利濫用や信義則違反になるとは解し難く、右一〇〇〇万円が贈与であると仮定しても被告の右主張は失当である。

三  結論

以上のとおり、甲土地が本件被相続人の相続財産であるとは認められないところ、これを相続財産であると誤認して原告の更正の請求を認めなかった本件処分は、違法であるといわざるを得ないから、これを取り消すこととする。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年六月二日)

(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 橋本都月 裁判官 廣瀬千恵)

別紙

相続関係図

<省略>

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